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パンリアル第70回記念展に寄せて

 京都市美術館長 潮江宏三

パンリアルの名は、今やアヴァンギャルド伝説のなかで麗々しい光を放つ存在である。創立期の作家たちの作品は、今では、京都にまったく無縁な地方の公立美術館でも、垂涎の的の収集対象となった。それらの美術館は、彼らの作品を「日本画」の枠を超えて見ており、それはそれで十分に首肯に値するものなのだ。そのパンリアル展も70回を数えると言う。しかも、この会が、目標の様式を掲げて切磋する場ではなく、常に発想の自由を尊重して制作に打ち込んできたことは、今でも展覧会を訪れる度に感じることだ。ことに展示方法の創意工夫については、いつも共感をもって見ている。ただ、作品そのものに関して言えば、やはり自分の手慣れたところに向かう傾向はあり、かならずしも時代の新しい動向を掬いきれていないのではないかと思うことが多い。すべてが収縮に向かおうとしている現在に戦後間もない時期の熱気を望んでいるわけではないが、この70回展を「世界と時代を感じる自分の身体」をリフレッシュする機会とし、今後の創造的な展開を願っている。

■「パンリアル美術協会」は戦後の関西において、日本画の革新運動を目指して結成
 された美術団体です。

  京都絵画専門学校(現京都市立芸術大学)日本画科を卒業した、三上誠、山崎隆、星野真吾、田中進、不動茂弥、大野秀隆、

下村良之介、鈴木吉雄、松井章、小郷良一、佐藤勝彦の11人によって、1949(昭和24)年に結成されました。

 「パンリアル」というの名称は、会の中心人物となる三上誠によって「広い(パン=汎)意味でのリアリズムを追求する」
ことを目指して命名されました。
 草創期は研究的性格が強く、研究会友として京都大学哲学科や同志社大学の学生などが、理論面の後押しをするメンバーとして
参加しました。「パンリアル宣言」は作家と理論家が共に額に汗して作り上げられたものです。
 その後、膠と顔料の可能性を模索し、ドンゴロスを素材としたり、レリーフ状としたり、マチエールを追求する実験的な制作の
中から、それぞれが自分の表現を獲得していきました。

■会員の推移
第1回(1949年・昭和24年)
出品:大野秀隆、小郷良一、佐藤勝彦、下村良之介、鈴木吉雄、田中進、不動茂弥、星野真吾、松井章、三上誠、山崎隆 (11名)
研究会友:今居忠、川勝義雄、清水純一、高原富保、村田敬次郎、吉岡雅也
※第8回より研究会友の制度を廃止し、随時作品研究会に参加することとなる。

第10回(1953年・昭和28年)
出品:大野、小林司郎、猿橋秋雄、下村、高浜祺一、野村耕、日ノ下淳市、不動、星野、松本一穂、宮崎実仁、山崎、湯田寛一(13名)

第20回(1962年・昭和37年)
出品:伊沢宏子、木村嘉子、野村、不動、星野、松本、三上、湯田(8名)

第30回(1972年・昭和47年)
出品:有本亮正、加藤明子、木村、下村、田中、並木光昭、西井正樹、西山康三朗、橋本幸志、畠中光享、不動、星野、松原祐一、
   湯田(14名)

第40回(1982年・昭和57年)
出品:有本、大島実、大沼憲昭、奥野稔和、加藤、木村、小林隆史、小林祐史、佐藤賢司、下村、西山、福本多子、松井一之、
   松田彰一、松原、森家要、山本吉男(17名)

第50回(1992年・平成4年)
出品:安藤康行、大沼、奥野稔和、奥野宏一、加藤、下村、鈴木茂実、橋口徳次、橋本哲史、藤森哲朗、堀田淳一、松原、モリナヲ、   森家、山本(15名)

第60回(2002年・平成14年)
出品:安倍清隆、馬本眞司、大塚大二郎、奥野宏、玄幹雄、鈴木敬三、高畑眞佐子、童銅哲純、橋本、広田郁世、福井趙光、藤森、
   藤原拓也、堀田、モリ、森川渉、吉田明子、和田ひとえ(18名)

■その後のパンリアルのあり方に対して、研究会友としてご指導いただいた故上野照夫先生(京都大学教授・1976年享年68歳
 で逝去)の言葉を紹介します。
「各人が自分を掘り下げていって、堅実に個人の力をのばしていく場をパンリアルがグループとして持っている方が大事である。
 グループを華々しく見せるために、作家個人が自己を犠牲にするのはつまらぬことである。パンリアルはグループであって個人
 である。」

■結成から70回を数えた現在も「個展の集合体」であり、「大量出品による発表形式」であることを保つことで、パンリアルの
 名に恥じない”場”でありたいと念じています。

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